独立開業を目指す美容師や、すでに美容室を経営しているオーナーにとって、立地や初期費用、さらには将来的な収益性まで含めた戦略的な視点が求められ、テナント選びは、経営を長く続けていく重要なポイントとなります。
本記事では、美容室の出店において失敗しないために、居抜き・新築・空中階・路面店といった代表的なテナントタイプを比較し、それぞれのメリット・デメリットを具体的な事例とともに解説します。
テナント選びが美容室経営に与えるインパクト
美容室を開業するうえで「どこに出店するか」は、多くの美容師さんが最初に考えるテーマです。一見すると「場所探し」や「条件の良いテナント探し」として軽く考えがちですが、実はテナント選びこそが美容室経営の土台をつくる“経営判断”のひとつです。
なぜなら、選んだ物件の条件によっては以下のような点にダイレクトに影響するからです。
- 内装費や設備投資など、初期費用の規模
- 空間のつくりによる施術導線や営業スタイル
- テナントの立地条件による集客のしやすさ・ターゲットの層
- 働く環境の良し悪し=スタッフの定着率
- 将来的な拡張・移転・2号店展開の柔軟性
これらすべてが、日々の売上や経費、ブランド力、リピート率、さらには美容師としての働き方そのものにまで影響を及ぼします。
あらためて意識したいポイント
「良い立地=駅近で人通りが多い」といったイメージで判断していないでしょうか?
もちろんそれもひとつの正解ですが、実際にはあなたがどんなコンセプトのサロンをつくりたいかと立地や物件の条件がどれだけマッチしているかが重要です。
例えば、
- 高価格帯で予約制の大人サロンをつくりたいのに、駅前の雑居ビルで騒がしい立地を選んでしまう
- 静かな隠れ家サロンを目指して路地裏に出したけど、視認性が低くて予約が伸びない
- 将来スタッフを雇いたいのに、セット面が2席しか入らないスペースを選んでしまった
…など、出店直後には気づかずとも、経営を続けていく中で「失敗だったかもしれない」と感じるケースは少なくありません。
データで見る「立地選定の重要性」
リクルート社『HOT PEPPER Beauty Academy』の調査によると、開業後3年以内に廃業した美容室の約60%が「立地選びの失敗」を主な理由として挙げていると報告されています。
つまり、どれだけ技術や集客力に自信があっても、「出す場所を間違えると続けられない」可能性が高いという現実があります。
美容室経営におけるテナント選びは、「戦略」であり、「投資判断」であり、「自己実現」そのものです。当たり前のようでいて、見落としがちな“基礎”だからこそ、開業前の今、あらためて向き合ってみましょう。
美容室のテナント選びにおける2つの軸と比較
美容室のテナントを選ぶとき、「どんな物件がいいか」を考えるには、大きく2つの視点から整理するのがおすすめです。
①物件の”状態”で選ぶ
「どのような状態で借りるか」を基準に選ぶということです。開業コスト・開業スピード・理想のサロンづくりの自由度を左右する大きな分かれ道となります。
主に以下の2種類に分かれます。
- 居抜き物件(設備付き・内装ありの状態)
前の美容室の設備・内装をそのまま使える物件。初期費用を大きく抑えられ、短期間で開業できるのが魅力です。
- スケルトン物件(完全に内装なしの状態)
コンクリートむき出しの“空っぽの箱”で、内装・設備がまったくない状態の物件です。自分で一から設計・工事を行うことができるのが魅力です。
項目 | 居抜き | スケルトン |
---|---|---|
イメージ | ![]() |
![]() |
初期費用 | ◎ 安い 設備が残っていて安く済む |
✕ 高い 内装・設備を一から整備 |
出店スピード | ◎ 最短1ヶ月で開業可能 |
✕ 3〜6ヶ月以上かかることも |
内装の自由度 | ✕ 既存設備の制約など制限有 |
◎ 完全自由に設計可能 |
設備トラブルのリスク | △ 古い設備だと故障の可能性有 |
◎ すべて新品なのでトラブルが少ない |
ブランディング力 | △ 前店舗の印象を引き継ぐ場合もある |
◎ 世界観をゼロから再現できる |
おすすめな人 | ・早く安く開業したい ・初めての独立に◎ |
・理想の内装を追求したい ・高単価サロン |
おすすめしない人 | ブランディングに強いこだわりがある人 | ・資金や時間に余裕がない人 |
物件の”場所”で選ぶ
路面に面していないビルの2階以上にあるテナントのこと。路面店と比較すると家賃が安く、SNS集客や予約サイトが普及している現代の美容室経営において、空中階=不利という従来のイメージは、飛び込み客の減少とともに、薄れてきています。
- 地下・空中階
前の美容室の設備・内装をそのまま使える物件。初期費用を大きく抑えられ、短期間で開業できるのが魅力です。
- 路面店
道路に面した視認性の高い1階の物件。ブランドを打ち出しやすく新規集客に強いが、コストも高めになります。
以下は、上記を比較した早見チャートです。自分のサロンにとって何が大切か?という軸で読み解くと、ベストな物件が見えてきます。
項目 | 地下・空中階 | 路面店 |
---|---|---|
イメージ | ![]() |
![]() |
家賃 | ◎ 安め (坪単価が低い) |
✕ 高め (人気エリアは特に割高) |
視認性 | ✕ 弱い(外から見えない) |
◎ 高い(外観や看板で目立ちやすい) |
空間の雰囲気 | ◎ 静か・プライベートな空間を作りやすい |
◯ オープンで活気のある雰囲気にしやすい |
ブランディング力 | ◯ コンセプトによって差別化しやすい |
◎ 視覚的にブランドを打ち出しやすい |
おすすめな人 | 完全予約制・静かな隠れ家を作りたい人 | 地域密着型・通行人も集客したい人 |
おすすめしない人 | 飛び込み客が欲しい/視認性重視の人 | コスト重視/落ち着いた雰囲気を求める人 |
美容室のテナント物件の探し方|物件検索サイト vs 専門業者 vs 独自ルート
理想のテナント物件を見つけるには、どの情報ルートを使うかが極めて重要です。
物件の種類によって、効率的な探し方も異なります。ここでは、主要な探し方と、物件タイプごとのおすすめ情報収集ルートを解説します。
①物件検索サイト
住居を探す時にも活用する方が多いと思いますが、エリア・広さ・賃料などを条件検索できる一般の方向けの物件サイトです。
おすすめ物件タイプ
- 居抜き物件(掘り出し物あり)
- 空中階(賃料抑えめ)
- スケルトンの新規募集物件
メリット
- 掲載件数が多く、自分のペースで探せる
- 初期費用や契約条件を比較しやすい
- 「美容室可」の検索絞り込みが可能
デメリット
- すでに決まっている物件が掲載されていたり、情報が古い場合がある
- 交渉や契約周りは自力で対応が必要
- 専門性に欠けるため、美容室特有の設備相談には不向きな場合あり
②専門業者
美容室や飲食店など“店舗出店”に特化した不動産仲介会社のことです。一般的な不動産仲介業者とは異なり、店舗物件の情報や内装・設備・開業ノウハウに詳しく、出店希望者と物件オーナーの橋渡しをしてくれます。
おすすめ物件タイプ
- スケルトン(設計から自由に)
- 路面店(希少物件の取り扱い)
- 商業ビル・ハイグレード物件
メリット
- 美容室出店に詳しく、電気容量や排水設備などの相談がしやすい
- 物件紹介だけでなく、内装業者の紹介や資金計画の相談も一括サポートしてくれることも。
- 非公開情報や水面下の物件の紹介が受けられる
デメリット
- 仲介手数料がやや高めな傾向にある(家賃1ヶ月分〜)
- 人気物件は競争率が高くスピードが必要
- 営業感が強く、自分のペースで探しづらいこともある
③独自ルート・SNS・知人ネットワーク
InstagramやTikTokなどの物件情報発信からのお問い合わせや美容室オーナー仲間の紹介、地元不動産会社、創業支援窓口などから紹介される会社のことです。
おすすめ物件タイプ
- 居抜き(閉店予定店舗の事前情報)
- 空中階の静かな店舗
- 地元密着型の小規模路面店
メリット
- 早い者勝ちの非公開物件に出会える可能性あり
- 交渉の自由度が高く、フリーレントなどの優遇を引き出せることも
- 条件によっては仲介手数料が不要になる場合も
デメリット
- 情報の信ぴょう性に注意(契約条件が不明瞭なことも)
- 契約書や設備条件の確認は完全自己責任
- 紹介主との信頼関係が影響しやすく、断りづらい雰囲気になることも
それぞれの探し方には特性があり、物件のタイプや目的に応じて情報源を使い分けるのが賢明です。1つの方法に頼らず、複数ルートを平行して動くことで、理想のテナントに出会える可能性が高まります。
とはいえ、「初めての物件探しは不安…」「できれば初期費用を抑えて開業したい…」と感じる方も少なくないはず。そんなときは、サロウィンが提供している美容室の開業支援サービスを利用することも一つの手です。
美容室開業のトータル支援サービス「ALL SHARE」 |
![]() |
美容室の開業資金の負担から物件探し、内装工事までを一括サポートし、低リスクかつスピーディにハイクオリティな出店を実現することが可能なサービスを提供しています。 美容室経営者様は人材獲得や育成、集客活動に専念することが可能です。セカンダリーサービスでは移転希望のサロン様とコストを抑えて今すぐ出店したいサロン様をマッチングすることが可能です。 |
小規模美容室の出店サービス「me by ,,」 |
![]() |
出店コストの負担を通常の約20分の1程度に抑え、2〜3席の小規模な美容室を開業できるサービスを提供しています。 内装デザインを自由にカスタマイズできるうえ、小規模でもコスト削減や運営効率の向上といったメリットを得ることが可能です。 |
成功する美容室テナント選びの判断基準
テナント選びで失敗しないためには、「なんとなく良さそう」で判断するのではなく、客観的な基準に基づいた比較・分析が必要です。
都内の美容室と地元密着型の美容室それぞれのケースで、判断すべき基準を比較しながら整理していきます。
①ターゲット属性の一致
都内美容室 |
|
地域密着型
美容室 |
|
②周囲の競合店舗の状況(激戦区か否か)
都内美容室 |
|
地域密着型
美容室 |
|
③坪単価と想定売上のバランス
都内美容室 |
|
地域密着
型美容室 |
|
④契約期間・更新料・原状回復義務の明確化
都内美容室 |
|
地域密着型
美容室 |
|
テナント物件の条件を「安いか高いか」だけで判断せず、事業計画との整合性や、将来的な展開も見据えたうえで、物件条件とビジネスモデルの相性を精査することが成功のカギとなります。
テナント探しの落とし穴とその対策
テナント選びでは、どうしても見た目や立地に目が行きがちですが、契約内容や営業に必要な設備面を見落とすと、開業後に想定外のトラブルにつながることがあります。
美容室だからこそ注意すべき「ありがちな落とし穴」を防ぐための具体的な対策について3点あります。
落とし穴①:契約書の確認不足
例: 保証金として6ヶ月分支払ったが、退去時に大幅に差し引かれて戻ってこなかった。更新料が2年ごとに2ヶ月分発生する契約だったことを見落としていた。
確認すべきポイント
- 保証金(敷金)の償却割合(全額返金か、一部償却か)
- 更新料の金額と更新サイクル
- 中途解約時の違約金(数ヶ月分発生するケースも)
- 解約不可期間(例:半年前予告で解約可能など)
契約前に「重要事項説明書」と「賃貸借契約書」を必ず熟読し、確認するようにしましょう。可能であれば専門家(不動産会社・司法書士)にチェックを依頼すると安心です。
落とし穴②:ビルオーナーとのルールトラブル
例: 開業後、「夜20時以降の営業はNG」「音楽の音量に制限あり」と突然通達され、営業時間を短縮せざるを得なくなった。
確認すべきポイント
- 営業時間の制限有無(とくにビルイン物件)
- 共用部の使用条件(エレベーター、看板設置など)
- 音・におい・振動などに関するビル側の規則
- 定休日や休館日の取り決め(商業施設内などでありがち)
営業時間や練習の時間に関わってきますので、内見時にビル管理会社やオーナーに直接確認するようにしましょう。可能であれば、使用承諾書や特約事項として書面で残すことが望ましいです。
落とし穴③:インフラ(設備条件)の確認不足
例: 契約後、給湯器の容量が不十分でシャンプー台を2台同時に使うとお湯が出なくなった。エアコンの電源容量も不足し、夏場に支障が出た。
確認すべきポイント
- 電気の契約容量(20A、30Aなど)とエアコン・照明の負荷計算
- 水道の口径(13mmだと圧力不足になる可能性あり)
- 排水設備の有無と場所(シャンプー台や洗濯機に影響)
- ガスの使用可否(給湯や暖房に使用予定なら要確認)
内装業者や設備会社と一緒に現地確認を実施することが理想です。契約前にビルの「設備仕様書」があれば取り寄せて確認しておきましょう。
開業後に「こんなはずじゃなかった」とならないためには、テナント選定と同じくらい契約と設備条件の確認が重要です。書類・現地・人の3方向からチェックを重ね、想定外のトラブルを未然に防ぎ、後悔の内容に進めていきましょう。
専門家に聞いた!美容師のための不動産交渉術
物件探しは「見つけて終わり」ではなく、そこからの契約交渉がとても重要です。
家賃や契約内容の条件は、交渉次第で初期費用やランニングコストを大きく抑えることができます。
①家賃交渉はできるのか?
結論から言えば、家賃交渉は可能です。 特に以下の条件がそろう場合、交渉が成立しやすくなります。
- 周辺相場よりも明らかに高い設定になっている
- 長期契約(3年以上)を前提としている
- 前テナントが空いてから期間が長く、オーナーが早期契約を望んでいる
アドバイス
交渉のための調査と提案を準備しておくことが大切です。
まずは同エリア・同坪数・同階層の物件家賃を3〜5件リストアップし、「平均家賃と比べて高い」と伝える材料を揃えましょう。
単純な家賃交渉だけでなく、「最初の◯ヶ月は家賃を段階的に上げる」など、柔軟な提案も効果的です。
オーナー側には「ずっと値下げ」するよりも受け入れられやすく、借りる側にとっては、開業直後のキャッシュフロー負担を軽減することが可能です。
②フリーレント交渉のコツ
フリーレントとは、契約開始から一定期間、賃料が発生しないという制度のことです。内装工事期間や開業準備中の出費を抑える手段として非常に有効です。
アドバイス
アドバイス一般的には1ヶ月〜2ヶ月が交渉対象になりやすく、長期契約やスケルトン物件で実現しやすい傾向にあります。
工事期間中の1ヶ月分だけでも確保できれば、数十万円の削減につながります。「フリーレントを活用すれば、より良い内装で長く営業できる」といった未来志向の交渉が効果的です。
③定期借家契約と普通借家契約の違い
テナント契約には主に以下の2種類があります。
普通借家契約
普通借家契約とは、契約期間が満了しても自動更新される賃貸契約のことです。
借主が長く店舗を使い続けられる権利が強く、オーナーからの一方的な解約ができないため、美容室など長期経営を前提とするテナントに安心です。
定期借家契約
定期借家契約とは、契約期間が満了すると自動更新されず終了する契約のことです。
更新の保証がないため長期利用には不向きですが、家賃が安くなることもあり、短期利用や期間限定サロンに向いています。
アドバイス
- アドバイス普通借家契約は長期的に経営される場合、安心の契約内容ですが、更新料や解約条件を必ず確認しておくようにしましょう。
- 定期借家契約は賃料が安めでも、契約満了で退去が前提となるため、長期運営を考えている場合は慎重に。
どちらの契約も、物件の魅力だけでなく、契約条件が自分の経営計画に合っているかどうかを最優先に判断することが大切です。ご不明点は不動産会社や専門家にしっかり相談するようにしましょう。
テナント契約の交渉は、美容師の専門外と思われがちですが、交渉の意識があるだけで初期費用も経営の柔軟性も大きく変わります。
まとめ|あなたの戦略に合ったテナントを選ぶためには
テナント契約には主に2種類の形態があります。
美容室の開業を成功させるためには、「テナント選び」を単なる物件探しとして捉えるのではなく、経営戦略の一環として考えることが重要です。
本記事で紹介してきたように、立地や物件タイプ、初期費用、契約条件、設備や機能といった要素は、美容室の運営方針やお客様の体験に大きく影響を与えます。
居抜き物件、新築物件、路面店、空中階といった選択肢にはそれぞれメリットとデメリットがあり、どれが絶対的な正解というわけではありません。
大切なのは、「自分がどのようなスタイルの美容室をつくりたいのか」「どのような顧客に、どんな価値を提供したいのか」といったビジョンを明確にし、
そのビジョンに合った物件を選ぶことです。
- 将来的な拡張性
- 家賃や内装費と収益のバランス
- エリアの特性と集客手法との相性
- 契約内容におけるリスクや柔軟性
また、トラブルを未然に防ぐためには、契約書の内容や設備・機能面のチェックを怠らず、交渉可能な点についてはしっかり確認・調整していくことも大切です。