美容室でスタッフを雇用する際、トラブルを防ぐ第一歩は「きちんとした雇用契約書」を交わすことです。美容業界は労務トラブルが多発しやすく、スタッフの流動性が高いため、契約内容の不備が原因で未払い残業や歩合計算ミス、退職後の引き抜きなど多くのリスクにさらされます。
この記事では、美容室に特有の働き方や歩合制度もふまえた雇用契約書の作成ポイント、記載すべき内容、運用の注意点、そしてすぐ使える雛形を解説します。法律に基づいた正しい契約を整えることで、経営者・従業員双方にとって健全な関係を築く基盤となります。
サロウィンではフリーランス美容師のためのシェアサロンだけでなく小規模〜大規模まで美容室経営のトータルサポートサービスを提供しております。 ご相談だけでも構いませんのでお気軽にお問い合わせください。 |
なぜ雇用契約書が必要なのか?
美容業界では「口約束」での雇用がいまだに多く見られ、これが後々の労務トラブルの原因になっています。例えば、「歩合は40%と聞いていたのに実際は30%だった」「有給休暇があると思っていたのに取れないと言われた」など、認識のズレがトラブルを引き起こします。
以下の3つの理由から、雇用契約書は美容室オーナーにとって不可欠な経営ツールです。
① スタッフとのトラブルを防ぐ「証拠」となる
契約書があれば、「言った・言わない」の水掛け論を避けることができます。歩合率や労働時間、有給休暇などの条件を明文化することで、誤解を未然に防ぎ、関係性を健全に保つことができます。特にSNSでの炎上や口コミトラブルが売上に直結する美容業界では、スタッフ対応の透明性が欠かせません。
電子契約も「証拠能力」はあり、紙と同等に認められます(民事訴訟法・電子契約法の観点から)。
② 労働基準法を守る「法令遵守」の第一歩
労働基準法では、雇用時に賃金・労働時間・休日・退職に関する条件を「書面で明示」することが義務づけられています。雇用契約書はその義務を果たすための正式な書類です。違反すると労働基準監督署から是正勧告を受けたり、悪質と判断されれば労基法第120条に基づいて30万円以下の罰金や訴訟リスクが発生します。しかし、基本的には是正指導→再違反で罰則の流れが多いでしょう。
③ 万一の裁判でも「経営者を守る盾」になる
スタッフとの間にトラブルが生じ、訴訟や労働審判に発展した際、契約書の有無が勝敗を大きく左右します。明確な契約書がある場合、裁判官や調停委員に正確な条件を示すことができ、過失の立証責任を軽減できます。逆に書面がなければ、曖昧な口約束が不利に働くこともあります。
これらの理由から、雇用契約書の作成は法令遵守とリスク回避、スタッフ満足度向上のすべてに直結する重要事項といえます。
👉【美容師退職時の誓約書】法的拘束力と潜むリスク6ポイントを徹底解説
【見落とし厳禁】美容室の雇用契約書に必須の10項目とは
雇用契約書は最低限、厚生労働省が定める「労働条件通知書」の必須記載事項をカバーする必要があります。これらは労働基準法第15条に基づき、書面で交付する義務があります。
各項目が未記載、またはあいまいなままだと以下のようなトラブルが発生する可能性が高くなります。
- スタッフが「聞いていた話と違う」と不満を持ち早期退職
- 残業代や歩合支給で認識の相違が生まれ、未払い請求に発展
- 解雇をめぐる法的トラブルで、オーナー側が立証できず敗訴
以下に、必ず記載すべき10項目と、それを怠った場合に起こりうるトラブルの例を示します。
① 契約期間(有期・無期/試用期間の有無、更新基準)
記載漏れによるトラブル例:試用期間後の継続雇用を巡って「勝手に切られた」とスタッフが主張し、解雇無効とされるケース。
② 就業場所・業務内容(複数店舗がある場合はその旨も記載)
記載漏れによるトラブル例:他店舗へのヘルプ勤務を命じたところ「契約違反」とされ、従業員が拒否・退職。
③ 始業・終業時刻、休憩時間、所定労働時間外労働の有無
記載漏れによるトラブル例:スタッフが「残業は想定外だった」と主張し、未払い請求を労基署に申告。
④ 休日・休暇(定休日・有給・年末年始・夏季休暇など)
記載漏れによるトラブル例:希望休が通らず「ブラック企業」としてSNSで炎上、採用難に。
⑤ 賃金の決定方法・支払方法・締切日と支払日(歩合や手当も明記)
記載漏れによるトラブル例:歩合率の解釈をめぐって対立し、月末に支給トラブル。退職時の未払い請求にも発展。
⑥ 昇給・賞与の有無と評価基準(任意でも記載が望ましい)
記載漏れによるトラブル例:「いつ昇給するのか不明」と不満が募り、モチベーション低下・離職へ。
⑦ 残業の有無と手当の支払い方法(法定通り割増賃金の明記)
記載漏れによるトラブル例:残業代未払いで労働基準監督署の調査が入り、是正勧告と追徴が発生。
⑧ 退職・解雇に関する定め(解雇予告・懲戒事由・退職金の有無)
記載漏れによるトラブル例:問題行動のスタッフに辞めてもらえず、解雇が不当と判断され訴訟リスクに。
⑨ 社会保険の加入有無と手続き(健康・厚生年金・雇用・労災)
記載漏れによるトラブル例:スタッフが「社会保険に入っていなかった」とSNSで公開し、信用失墜。
⑩ 就業規則の適用範囲とその閲覧場所
記載漏れによるトラブル例:ルールの不統一で店内の風紀が乱れ、スタッフ間トラブルや離職率上昇に。
美容室ならではの雇用契約書注意点【歩合・シフト・引き抜き対策】
美容室では他業種と異なる働き方・報酬体系が多いため、雇用契約書にも特有の配慮が必要です。以下のようなポイントを明確に記載することで、法令遵守はもちろん、スタッフとの信頼関係の構築にもつながります。
✅ 歩合給の設計
美容師業界でよく見られる歩合制ですが、売上に連動する反面、低売上月には最低賃金を下回る恐れがあります。そのため、「最低保証給」は必ず設定しましょう。
例:売上の40%を歩合給とし、最低月給20万円を下回る場合は差額を会社が補填。
加えて、以下の内容を明記することでトラブル防止につながります。
- 歩合の対象範囲(技術売上、指名、物販など)
- 集計期間(月末締めなど)
- 支給タイミング(翌月25日払いなど)
記載が曖昧だと、「この施術は歩合対象?」「物販売上もカウントされるの?」といった疑念が生まれ、スタッフの不信感やモチベーション低下を招きます。
👉美容室の人件費率は何%が適正?給料相場・計算方法・契約注意点
✅ 勤務シフトと変形労働制
美容室は土日祝が繁忙期であるため、平日と休日で労働時間が異なる「変則シフト」が一般的です。この場合、「1ヶ月または1年単位の変形労働時間制」を導入することで合法的に管理が可能です。
導入には以下の要件が必要です。
- 就業規則での明記
- 36協定の提出(時間外労働ありの場合)
- 労働時間の総枠設定と計画的シフト管理
これらを怠ると、「法定労働時間を超えて働かせた」と見なされ、残業代の請求や是正勧告のリスクが発生します。
✅ 店販・指名手当の支払い条件
店販(物販)や指名のインセンティブも明記必須です。
例:指名10件以上で1件あたり500円、店販売上の10%を支給など。
条件が曖昧だと、「基準を満たしたのに手当がつかない」などのクレームに直結します。インセンティブはスタッフのやる気を左右する要素でもあるため、支給ルールは明確かつ公平に記載しましょう。
✅ 禁止事項・守秘義務・競業避止
顧客リストやLINE連絡先を無断で持ち出し、退職後に近隣で開業されるケースは美容業界で頻出です。これを防ぐには、雇用契約書または誓約書で下記を定めておくことが重要です。
- 守秘義務(顧客情報・業務ノウハウなどの漏洩禁止)
- 競業避止義務(半径2km以内・期間1年など)
- 情報持ち出し禁止(LINE・カルテ・名簿など)
ただし、競業避止の範囲が過剰(例:10km・3年)だと無効になるリスクがあります。裁判例でも2km・1年以内が“有効ライン”とされているため、適正なバランス設計が求められます。
コピペOK!美容室向け雇用契約書の無料テンプレート(ひな形)
【雇用契約書】
○○(以下「会社」)は、以下の条件で△△(以下「従業員」)を雇用する。
– 基本給:月額200,000円 – 歩合給:技術売上の40%(最低月額200,000円保証) – 指名手当:10件以上で1件500円支給 – 通勤手当:実費支給(上限15,000円)
– 自己都合の場合は30日前までに申し出ること – 懲戒解雇は就業規則に基づき実施
– 顧客情報・業務情報を第三者へ漏洩してはならない – 退職後1年間、店舗から半径2km以内での同業開業を禁ずる
署名:____________ 日付:__年__月__日
会社名: 従業員署名: |
🔸注意事項
この雇用契約書は、労働条件通知書の内容を明記し、双方の認識を一致させることを目的とした任意の書面です。 なお、労働条件通知書は労働基準法第15条および同法施行規則第5条に基づき、雇用主が労働者に対して交付することが義務付けられています。 雇用契約書自体の作成は法律上の義務ではありませんが、後のトラブル防止のため、交付・保管を強く推奨します。 |
契約後の注意点|変更通知書や電子契約の運用法も紹介
契約書を交わした後も、実際の運用や保管・更新方法を誤ると法的な効力が弱まったり、スタッフとの信頼関係にヒビが入ることがあります。以下の点に注意することで、雇用契約を効果的に活かし、美容室経営をより安定させることができます。
① 雇用契約書は2通作成、必ず署名捺印を
契約書は経営者・従業員それぞれ1通ずつ保管する必要があります。署名・押印がなければ「合意の証拠」として効力が弱くなる恐れがあります。紙媒体の場合、署名後にコピーを取って原本を相互保管すると安心です。
② 就業規則・賃金規程・誓約書はセットで整備を
雇用契約書単体では網羅できない勤務ルールや賃金計算方法、禁止事項などは就業規則や別紙の賃金規程、秘密保持誓約書で補うのが一般的です。これらを別文書として用意し、「就業規則を適用する」と契約書に明記しておくとトラブル時の対処が明確になります。
③ 電子契約でも法的効力あり
クラウドサインやGMOサインなど、電子契約サービスを使って契約することも労働基準法上は有効です。印紙代が不要になるほか、契約の保存・更新もスムーズに管理できます。クラウド上でタイムスタンプが付与されていれば改ざん防止にも有効です。
④ 契約条件を変更する場合は「変更通知書」が必要
給与の変更や勤務時間の見直しなど、労働条件を途中で変更する場合は「労働条件変更通知書」や新たな雇用契約書の再締結が必要です。口頭の約束だけでは無効となる場合があるため、変更内容は文書で残す習慣を徹底しましょう。
⑤ 契約内容は必ず説明し、同意を得ること
どれだけ丁寧に契約書を作っても、内容を理解せずにサインしたスタッフが後に「聞いていなかった」と主張すれば意味がありません。雇用時には内容説明の時間をしっかり設け、納得を得たうえで署名してもらいましょう。質疑応答の時間をつくるのもおすすめです。
⑥ 就業規則の管理場所と閲覧方法も明確に
就業規則や賃金規程は、スタッフがいつでも確認できる場所(ファイルや社内クラウド)に保管しておくことが望ましいです。労働基準法上も「常時閲覧できる状態」にすることが義務付けられています。見やすく分類し、更新日を明記しておくと信頼感につながります。
まとめ
美容室経営の安定は「技術力」だけでなく、「労務管理」から始まります。雇用契約書を整備することで、スタッフとの信頼関係も深まり、安心して働ける職場づくりにつながります。特に歩合給やシフトの変形が多い美容業界では、契約書を整えておくことがリスクマネジメントになります。
雇用契約の整備は義務であると同時に、「良い人材に長く働いてもらう仕組み」でもあります。この記事を参考に、ぜひあなたの美容室でも雇用環境の見直しを進めてみてください。
今後は、【就業規則の作り方】【36協定の届け出マニュアル】【歩合制度の賃金規程ひな型】なども順次公開予定です。ぜひブックマークしてご活用ください。
サロウィンではフリーランス美容師のためのシェアサロンだけでなく小規模〜大規模まで美容室経営のトータルサポートサービスを提供しております。 ご相談だけでも構いませんのでお気軽にお問い合わせください。 |