美容室を経営するうえで欠かせないのが「就業規則」の整備です。就業規則はスタッフとサロンの間で起こり得るトラブルを未然に防ぎ、円滑な運営を支える重要なドキュメントです。しかし、「どこから手をつけていいかわからない」「何を書けばいいのか不安」というオーナー・個人事業主の方も少なくありません。本記事では、美容室に特化した就業規則の作り方を、基礎から応用まで徹底解説します。
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1. 就業規則とは?美容室にも必要?
■ 就業規則の定義と法的位置づけ
就業規則とは、労働基準法第89条に基づいて事業場ごとに作成される、労働者の労働条件や服務規律、企業ルールなどを明文化した規則です。常時10人以上の労働者を雇用している事業場では作成が義務付けられており、労働基準監督署に届け出る必要があります。就業規則は経営者が一方的に決定するものではなく、労働者代表からの意見聴取も求められます。そのため、法的効力を持ちつつ、現場で実際に運用できる現実的なルールとして整備することが肝心です。
■ 美容室における必要性と実務上の利点
美容室は、サービス業のなかでも人材が価値の大部分を占める業種です。スタッフの労働時間や報酬体系が複雑で、特に歩合給や営業時間外のレッスン、SNS活動、副業など、他業種にはない働き方が日常的に存在します。こうした独自の労務環境をきちんと整理して文書化することで、経営者・スタッフの双方にとって明確なルールとなり、感情的なトラブルや誤解を防ぐことができます。
また、就業規則を整備しておけば、新規採用時にあらかじめ労働条件を提示することができ、採用後の「言った・言わない」トラブルの回避にもなります。さらに、万が一トラブルが発生した場合も、就業規則が判断基準となり、解雇や懲戒処分などを行う際の法的根拠にもなります。つまり、就業規則はリスクマネジメントとしても非常に重要なのです。
特に、美容業界は若年層の離職率が高く、トラブルがSNSなどで拡散するリスクもあります。信頼される職場環境を築くためにも、就業規則の整備は美容室経営の基盤として取り組むべき事項です。
2. 就業規則に盛り込むべき基本項目
就業規則を作成するにあたっては、最低限盛り込むべき項目が労働基準法で定められており、美容室のようなサービス業では特有の労働形態にも対応した内容にアレンジする必要があります。ここでは基本的な項目を項目ごとに詳しく解説します。
■ 労働時間・休憩・休日
サロンの営業スタイルに合わせた勤務時間を明示しましょう。例えば、営業時間が10:00〜19:00の場合、その前後の準備や片付け時間を含めるかも重要です。また、週休2日制を採用しているのか、定休日+シフトで調整するのか、有給休暇の取得促進(法定5日取得)についても具体的に明文化しておくと、スタッフが休暇を取りやすくなります。祝日の営業、年末年始休暇、夏季休暇などの特別休暇制度についても明記すると親切です。
■ 賃金に関する事項
給与体系は美容室ごとに異なります。基本給に加え、指名売上や物販売上に応じた歩合給、固定残業代や皆勤手当の有無、遅刻・早退・欠勤に対する控除のルールなど、具体的な算出方法を明記することで給与トラブルを防ぎます。支払い日は「毎月○日」と固定するほか、昇給・賞与の支給基準やタイミングも透明性を持たせることが信頼につながります。
▶︎美容室の人件費率は何%が適正?給料相場・計算方法・契約注意点
■ 服務規律・懲戒
美容室では接客業としてのマナーや外見も重要です。服装、髪型、清潔感、香水の使い方、スマートフォンの利用ルールなど、細かい点も規則に入れることで店舗のブランディングを維持しやすくなります。無断欠勤やSNSでの誹謗中傷、顧客との金銭トラブルが発生した際の処分内容(口頭注意〜解雇まで)も規定しておくべきです。
■ 安全衛生・災害対策
スタッフの健康や安全を守るためのルールも不可欠です。インフルエンザや新型コロナ感染症などへの対応(出勤停止の基準、復職の条件)、地震・火災などの災害発生時の避難方法や連絡体制、健康診断の実施方針なども記載しましょう。労災発生時の報告手順や、メンタルヘルス相談窓口の設置なども含めるとより信頼感ある規則になります。
このように、基本項目であっても美容室という業種に合わせて具体的に記載することが、トラブルを未然に防ぎ、スタッフとの信頼関係を築く大きなポイントです。
3. 美容室特有のルール設定のポイント
美容室の就業規則には、一般的な労働規則に加えて、美容業界ならではの特性に合わせたルールを明記する必要があります。以下に、美容室における実務的な観点から、特有のルール設定ポイントを解説します。
■ 営業時間外のレッスン・撮影などの扱い
美容室では、営業時間終了後にアシスタントが自主的に練習を行ったり、モデル施術を実施したりする文化が根強くあります。しかし近年では、労働時間の概念が厳密になっており、指示があったり義務的な雰囲気がある場合は「労働時間」としてカウントされる可能性が高まっています。これを避けるには、レッスンがあくまで自主参加であることを明文化し、任意である旨を記載した同意書を取得する運用が効果的です。また、練習内容や参加可否の自由についても明記しておくことで、トラブルを回避できます。
■ 歩合制と売上目標の透明性
美容室では、指名売上や物販売上に応じた歩合制度を導入している店舗が多く見られます。しかし、計算式が曖昧だったり、報酬の内容が不明瞭だったりすると、スタッフの不満やモチベーション低下につながります。歩合率(例:技術売上の○%、物販売上の○%など)とその計算タイミング(月末締め・翌月支払い等)を明示するほか、月次での明細発行ルールも含めることで、公平性と信頼性が高まります。
■ モデル・写真撮影・SNS投稿の管理
集客やブランドづくりのためにSNS投稿は欠かせませんが、肖像権や著作権、薬機法(医薬品医療機器等法)への違反リスクがあるため注意が必要です。モデル施術を行う場合には撮影・投稿に関する許諾書を取得し、薬機法で禁じられている表現(「絶対」「必ず」など)を避けるチェック体制を整えましょう。就業規則にこれらのルールやチェックプロセスを組み込むことで、スタッフが安心して発信活動を行える環境になります。
■ 副業・兼業・独立支援の明文化
多様な働き方が求められる現代では、副業や兼業を希望するスタッフも少なくありません。認める場合は「就業時間外での活動に限定する」「サロンの業務に支障が出ない範囲」といった条件を就業規則に明記しましょう。また、サロンの顧客を無断で兼業先に紹介することの禁止、競業避止義務(例:退職後6か月間・同一エリア内での営業禁止など)を契約書と整合を取りながら明記しておくことで、独立時のトラブル防止にもつながります。
このように、美容室特有の文化や業務内容をしっかりとルール化することは、スタッフと経営者の信頼関係を築くうえでも非常に重要です。明文化されたルールがあることで、現場の混乱や誤解を減らし、働きやすく風通しのよい職場環境の構築につながります。
4. 就業規則作成のステップと実務ポイント
ステップ1:現状把握と課題整理
まずは現在の働き方・ルール・給与体系を全体的に見直し、どこに曖昧さや不満があるかを整理します。過去に起きたトラブル事例(突然の退職、給与未払、無断欠勤など)も洗い出しましょう。
ステップ2:ドラフト作成
厚生労働省が提供する「モデル就業規則」や、美容業界団体のガイドラインを参考にしながら、美容室に合った内容へカスタマイズします。外部の社労士に依頼する場合は、現場の運用ルールや価値観も丁寧に伝えることが成功の鍵です。
ステップ3:スタッフへの説明・意見聴取
一方的に押し付ける形ではなく、スタッフの意見を取り入れるプロセスが重要です。就業規則の読み合わせ会を開催し、質疑応答や事例を交えて丁寧に説明することで、納得度の高い規則になります。
ステップ4:労基署への提出と保存
スタッフが10人以上いる場合は、就業規則を2部作成し、意見書とともに労働基準監督署へ提出します。1部は会社で保管し、スタッフがいつでも閲覧できるように掲示または配布します。
5. トラブル事例と就業規則の活用シーン
ケース1:突然の無断退職と連絡不能
→ 対策:退職時の申告期限や、無断退職の扱いを規則に明記。連絡不通時の対応(緊急連絡先や内容証明送付)も備える。
ケース2:顧客名簿の持ち出しと引き抜き
→ 対策:個人情報保護と営業秘密保持を明記し、秘密保持誓約書を就業時に締結。違反時の損害賠償責任も規定。
ケース3:勤務時間外レッスンでの労使トラブル
→ 対策:自主練と業務命令の区別を就業規則に反映し、業務扱いにする場合は手当支給等の対応も検討。
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6. 社労士・弁護士との連携がもたらす安心
就業規則を適切に作成・運用していくには、法律の専門家である社会保険労務士(社労士)や弁護士との連携が非常に有効です。特に美容室では、一般企業とは異なる雇用形態や給与体系が存在するため、専門家のサポートがトラブル防止と信頼性の向上に直結します。
① 社労士と連携するメリット
- 法改正や判例に基づくアドバイス:最新の労働関連法規(労働基準法、最低賃金法など)に基づいて、店舗に合った就業規則を作成できます。
- 法定書類の整備と提出支援:36協定や労使協定などの法定書類の作成・提出も代行してもらえます。
- 雇用契約書との整合性チェック:就業規則と雇用契約書の内容が矛盾していないかを確認し、トラブルを未然に防ぎます。
② 弁護士と連携するメリット
- 解雇・懲戒処分の法的妥当性の確認:就業規則に基づいた懲戒処分の有効性を確認し、トラブル発生時のリスクを低減します。
- 個人情報・顧客情報のトラブル対応:顧客リストの持ち出しやSNS炎上などの法的対応について、具体的な助言を受けられます。
- 万が一の訴訟対応:労働問題が訴訟に発展した場合の対応や代理もお願いできます。
③ 美容室に特化した専門家の選定が重要
- 業界事情に詳しい社労士・弁護士を選ぶことで、歩合制、教育制度、SNS運用など美容室特有のルールに強い就業規則が実現できます。
- 経営理念やブランドイメージを反映した、オリジナル規則の作成支援も期待できます。
④ 顧問契約のメリット
- 月額制で相談し放題のプランも多く、トラブルが起きる前から事前相談できる体制が整います。
- 就業規則の定期見直し、スタッフからの個別相談窓口としても活用可能です。
美容室の就業規則は単なる書面ではなく、「現場で使える・守れる・守らせられる」ものにする必要があります。専門家の力を借りることで、その精度と実用性が飛躍的に向上し、結果としてスタッフにも経営者にも安心できる環境づくりにつながるのです。
おわりに
美容室の経営は技術力だけではなく、スタッフが安心して働ける環境づくりも求められます。明文化されたルールである就業規則があることで、日常の判断やトラブル時の対応にも一貫性が生まれ、サロン全体の信頼性も高まります。作成に手間がかかると感じるかもしれませんが、一度整備してしまえばその後の運営が格段にスムーズになります。今後の成長を見据えた経営判断として、ぜひ就業規則を整備しましょう。
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